一人の女が歌っていた 扉は開いていた 私は椅子にもたれ 酔っぱらったまま動かなかった 一人の女が唄っていた 扉は開いていた 誰もどこへも行くあてはなかった 雨がざあざあ降っていた 雨がざあざあ降っていた 私は流れなかった 私は残った 私はひとり私のこころのなかに留まった 一人の女が唄っていた 雨は舗道を流れてた 百千の みみずか蛇もさながらに
たくさんの雲が空を動いて行く 小さな街には 人と 犬が行きかい 鐘が鳴り 看板は 白く塗りかえられる 日除けは 風にはためき 暗い 店のおくからはレコードが流れ 道は 露路へ曲がっている 感情は ゆがんだ窓枠のうちにあって とつ然ピンクに燃え 牛どもの 草を食んでる たそがれの堤をすべり降りて行く
秋のよる 私は電車で帰る それは 私の妻と子供がいるからだ ボストン ヴァレンシア やがて月も昇るだろう ところで 人間は誰でもそうだが あなたも ボタンが一つとれかかってますね
何をなすべきか 私たちの生 の 形式は しかしながら また 私たちの海峡は浅く 汐の 流れは早かった 私たちは ついにお互いの存在を知らず 飛沫に濡れ きょう と明日のあいだに 失われるものは 何もないと また 成就されるものは何もないと 私たちは 汐のとどろきを聞き 波の 巻き返すのを見た (神よ ぼく等の経験のすべてに祝福を給え...
最後に ぼく等はもう確保すべき何ものもない ということを知ります そして そのディレンマのなかで ぼく等の解放されるべきとき がきたのを知ります やがて夜がやってきて この軒先をつつむとき ぼく等は めいめいの家に帰るため 舗道へ歩み出る ぼく等は時計を見る 街のうえにはりめぐらされた 電線を見る とおい地平線に煙を吐く黒い煙突を見る それから...
いま しずむおおきな月のうしろで ぼく等は ぼく等の生が くらく救うべくもなく しだいにみずからの円環を 閉じて いくのを見る すべては そして変わらなかった ぼく等のために 果たされたものはただ一つ それから 誰かが おそい 季節はずれの扉を開き ぼく等の 一人 ひとりは出て行く
ぼくは船を作る 細い紐 縄ばしごもかけよう 生木をけずって 日なたへ出して それから磨きをかけるんだ 胴体が張ってて それでいて軽い 岬を廻るときには お日さまの光でピカリと光るんだ 煙突は 少しななめにしよう あんまり高いマストはだめだぞ ついでに ボートもあればいいんだがなあ 港につけば ぐずぐずしないで 自分の荷物ぐらい自分で運ぶんだ きょうは...
むかし ぼくは歴史の本で 「ポチョウムキンは 大噓つきだった」 というのを読んだ 女王さまがやってきたとき ポチョウムキンは 女王さまのとおる道だけを掃除し 花を植え 町を作ったのだそうだ その頃 ぼくはまだ 黒海とは小さな池のようで 池のまわりには 赤い帽子のトルコ兵がたくさん並んで駆けていた —— ぼくは絵本を閉じた お母さんの手がのびて...
煙は上に昇っていく 風は地面に沿って吹く 自動車は ぼく等のまえを走って行く 女どもは 乞食どもは 遠いところを歩いて行く ぼくは寝返りをうつ ぼくは眠る ぼくの眠りは煙出しの方へと出て行く あかるい調理場から 煙出しの方へと 犬は貨車の下で眠り ぼくは アパートの三階で眠りを 結ぶ
ぼくは 小さなピーナツを一つつまむ それから 窓越しに 通りをへだてた板塀のチョークの跡を眺める ぼくは 小さなピーナツをも一つつまむ ぼくはそれから窓越しに 遠いうごかぬ雲をみつめる MADE IN JAPAN のマフラを巻いた 夕暮れに それから ネオンの光とニュースが流れ どの街にも 空には巨大なダイアルが廻りはじめる 恋人よ