· 

それは朝、微細なものの呼吸するとき

 それは朝、微細なものの呼吸するとき、大いなるアンニュイのはじまるときである。もやのなかからしだいに浮かび上る巨大なビルの群れは、紫や黄や真珠色の壁から、神秘な放浪と眠りをしたたらす。大地はもうもうと水分をはきつづける。夜と星は、樹木がふりあげたこぶしのなかへと殺到する。

 あらわになる電線。よろめく労働者、ぶつくさつぶやく女、神の恩寵のはじまりである、か……。運河は死ぬ。

 

 やがて、太陽は遠い山脈のいただきを一発みまうと、カーテンのうちまでしのび込む。カフスボタンと、タバコの吸いがらと、淫蕩な男の頭を照らす。それらは、まるで空中に浮かんでいるよう、額縁にはめこまれた画のよう……。ゴッホのひまわり。松浦豊明のピアノ。ああ、百姓の一団が通る。大地の起伏。遊園地の旗。けいれんしながら倒れる一本のペン軸と腕。ふしぎなダンデリオンのひとみ。樹木の吸いあげる水の音が聞こえるが、いっさいはしだいにはげしくなるひかりの縞もように消されてみえなくなる……。

 

 岩 のなか の 魂

 流れ のなか の 魚

 

 溶ける群衆。解体するオブジェ。午前十時の神。空は、小鳥のさえずりでいっぱいになる。