わたしははじめそれが馬に見えた
それが二重のふくらみを持ち赤紅色の壁のうえに
明かりがシミを浮きだたせ
箱や花瓶の鋭いかげや細長いかげを投げかけ
シミの一部分はこのかげにのみ込まれ
そこは頭部
壁紙のたるんだ部分は胴体
それはものすごく長くいびつ
胴体の暗い部分にジンギスカン帝のかぶとのようなものが見える
燃え落ちた都市のようなものが見える
わたしは大きな帆船の船底にかくれた
臆病ないっぴきのコオロギであったのか
まだ一度も海も空も見たことのない
わたしとはこのコオロギの比喩だったのか
実在するものを持たぬわたしは
この実在するコオロギの代弁者
コオロギの身代わりにすぎないのではなかったか
かげであるところのわたし
わたしとは
すでに死んだコオロギの亡霊であったのだ