で、それらのことはどうなったか? と聞いてはいけない。
多くの歳月があった。一月×日午後、ぼくはここに流れついた海藻のようだ。日ざしがゆるゆる動いてゆく。雲などが。ああ、そしてぼくはなにか巨大なものの影を夢みていたらしい。はらわたを日光にさらしながら、ぼくは少しずつ死んでゆくもののようだ。
ここにひとつの部屋がある。だれでも自由に出入りできる部屋がある。
ぼくは眠る。旅装もそのまま横になって眠る。眠る男のまわりには、七色の鳥がきて飛ぶ。――赤、白、黄、みどり、青、だいだい、紫と。そこでぼくは網をはる。二本の金色にかがやく樹木のあいだに、紺碧の空をバックにしたまっしろな網を。そして、ぼくはそれらの鳥を捕える。飼う。ぼくのこころは燃え、泣き、からだはかしぐ。ぼくはぬかずき、ひざまずく。(ぼくはそれらを所有するだろう。それから、ぼくはふたたびそれらを原初の混沌へと返すだろう)
長い極度の欠乏のなかで、ぼくはいつかぼくらの富といわれるものの実体を知るようになった。所有する、ということの意味を。
いま、ひらかれた窓のむこうにビルの屋上が見える。そのうえにしろい昼の月がかかっている。ぼくはそれを見ている。横になったぼくは、もうだれのものともいえぬこの薄い網膜をとおしてじっとそれをみつめている。そのとき、ああ、ぼくはいない。ぼくはどこかひじょうに遠い空間を、なにものともしれぬものの手によって運ばれていっている。そのとき、横たわったぼくのなかにはぼくよりも、きみよりもずっとやさしいなにかが巣くっている。それがじっと目をひらいている。それが、窓のそとに昇ってくる月をみている。