コップと皿にフォーク
水もトマトも魚もあるんだが
しかし
誰も人の居ない
食卓なんてあるだろうか?
少し焦げた魚
白いテーブルクロスには
コップと水の影が戯れている
桜の若葉がきらめき
深い静けさに包まれて
ベンチは朽ちている
……………………
太陽が輝いている
或日
だがきみたちは見るに違いない
そのさゝやかな初夏の食卓に向かい
陶製の皿に屈む
黒い人影を
誰も居ないベンチに腰掛け
フォークを持つ
彼の後姿を
到る所
きみたちが去った時
きみたちの家財は競売に附された
しかし
それらを買おうとする人々は
もう居なかった
黒い鞣革の椅子に
テーブルと果物と肩掛と
階段とドアの把手
鏡にも塵は冷たくやさしく
うっすらと積った
その空ろな眼は
みずからの時と場所を持たぬ
黒い男の眼は
夜の樹木でいっぱいだ
彼は世界を歩く
世界のあらゆる家具の上を
彼は
二月の壁の中から出て来て
きみたちの方へやって来る
そして水やトマトや魚
あらゆる食物を喰うのだ
桜の若葉の下で
白い陶製の皿の反射に
きみたちは
見ようと思えば何時でも
どんらんな黒い彼の影を見ることが
出来る
詩集『水の装い』(1954年、三角旗社)より